秀太郎歌舞伎話F 〜 新作への挑戦〜高麗屋に学ぶ

  この五月は、松本幸四郎さんの「夢の仲蔵千本桜」という新作のお芝居に客員として呼んでいただいております。このお芝居は中村仲蔵を中心にした役者のお話で、僕はその中で立女方のお役をさせていただくことになっています。

  前回の「夢の仲蔵」をご覧になった方はご存知かと思いますが、このお芝居は劇中劇が見どころのひとつとなっておりまして、今回も前回同様に劇中劇と舞台の裏が舞台上に展開されます。「夢の仲蔵千本桜」となっておりますように義経千本桜の場面が繰り広げられるわけですが、僕は立女方の役ですので「吉野山道行」の場面では染五郎君の忠信を相手にした静御前、それに「渡海屋」のおりゅう実は典侍局という二つのお役を劇中劇でご覧頂きます。劇中劇ですからすべてをご覧いただけるわけではなくダイジェスト版ではありますが、この二つお役は誰がやってもいいというお役ではありません。それに短い時間でそれほどしどころがあるわけではないのですが、それでも普通は立女方がやるというお役である以上、短い時間であってもその一瞬の中で風格をみせなければなりませんし、それだけに難しくもあります。ですから、幸四郎さんからお声をかけていただいたのは女方としてとても嬉しくもあり光栄でもありますから、僭越ではありますが秀太郎がでているということでそれをだせたらいいなと思っております。

 今回のお芝居は、幸四郎さんのアイディアをもとに新派の齋藤雅文さんという方がお書きになった新作ですので、これからお稽古をしていく間にどんどんと変わっていくと思います。ふつう歌舞伎のお稽古は長くても十日足らずですが、今回のように二十五日間ものお稽古というのは異例です。ただ、演出は松本幸四郎(九代琴松)さんなので、もちろん専門の演出家による演出もすばらしいのですが、役者による演出というのは役者の生理をきちんと考えてくださるので、演出としても非常に無理がなくできるという利点があります。お芝居のセリフの言い方ひとつにしてもわざわざ声にだしていってくださるので、確かに時間はかかりますが、そこにいる若い人たちは大変勉強にもなるわけです。また、そばで聞いておりましても、僕自身幸四郎さんのおっしゃることがとてもよく理解できますし、僕も若衆歌舞伎をはじめ演出する立場ですので幸四郎さんの教え方などを拝見して大変勉強になっています。ただ、ひとつ困ったことに、幸四郎さんがとても僕に気を遣ってくださってまして・・・(笑)。ありがたいことです。

  僕は「中村里好」という役者のお役ですが、この役者は立女方でもあり、無名から成り上がってきた仲蔵とは格が違うということで、非常に仲蔵の相手をすることに不満を抱いているという人物です。昔はそういう格やプライドを持った役者というのは自分ではあまりそれを表にださず、代わりにお弟子さんや周りの人がその役者を重んじて仲蔵のような役者について嫌味や陰口をいったりしたものです。大歌舞伎の立女方というのはそういう品格があったんです。これからお稽古でどんどん変わっていくとは思いますが、できれば立っているだけでも立女方としての存在感がでればいいなと思って役作りをしているところです。

 このお芝居は、劇中劇で行われることと舞台裏で起こっていることとが深く関係していたり、演舞場という舞台をうまくつかった道具だったり、そこここに工夫があり見ていて飽きない舞台になるのではないでしょうか。出演する役者もお稽古が長い分これに懸けていて、なおかつお稽古を楽しんでいるという雰囲気が感じられます。残念ながら歌舞伎ではその「お稽古を楽しむ」ということが少ないものですから、今回はかえってそれが新鮮でもあります。若手は劇中劇で普段はできない大きな役を少しだけでも体験することによって古典を勉強しています。きっとそれはこれから先に大きく役立っていくことでしょう。また、時代背景やお芝居のできた時期などを考えるとつじつまの合わないところもでてきてしまうのですが、現代の鬘は「網」の鬘(*)ですがおそらくこの時代は「蓑」(*)というものだったと思います。「渡海屋」のおりゅうは普通馬のしっぽという鬘をつけますが、蓑ではどうしても無理ですので帽子でもつけようか、などと考えています。それに静御前も蓑にすることにより、いつもの静御前よりもぐっと古風な女方をご覧いただけるかと思います。古い女方というのを存分に感じていただけるよう、僕も研究しているところです。

 今回は高麗屋さんのお芝居ということですが、今はコクーン歌舞伎や中村座のような中村屋さんのお芝居、スーパー歌舞伎のような澤瀉屋さんのお芝居、それに僕の平成若衆歌舞伎といったようにあちこちでいろいろと新しい挑戦が行われていて、それでいて皆が集まったときにはきちんと古典をご覧いただけるようになっています。そういう意味では、今非常に歌舞伎が面白い時期だと思います。僕自身、今回は高麗屋さんの歌舞伎を楽しみながら、そして勉強しながら参加させていただいています。歌舞伎は娯楽ですし、好き嫌いの世界ですから観客の皆様にも新しいものから古典までいろいろな歌舞伎を観ていただきたいと思います。僕はそういうお客様に歌舞伎の匂いを感じていただながら新鮮なお芝居というのをお届けしたいと思っています。

 高麗屋さんの新しいお芝居に参加する一方で、いよいよ八月の若衆歌舞伎についても本格的に動きはじめています。今回は「新・油地獄〜大坂純情伝」として歌舞伎にミュージカルの傑作のエッセンスを盛り込んだものになりますが、この五月には台本も完成してくる予定です。台本ができましたら配役、道具の発注、演出のアイディアやプラン、振り付け、音楽・・・と考えなくてはならないこともたくさんあります。それでも、これは役者だけの力ではできませんから、またたくさんのスタッフの協力も必要になってきます。

 前回に引き続き振り付けには山村若さんを迎えますが、彼は昔からの上方歌舞伎の振り付けである山村流の家元でもあり、古典的な地唄舞もきちんとできる方。その上、上方歌舞伎塾の講師でもあったせいか、若衆歌舞伎には本当に熱心に協力してくださっています。また、音楽面では、古典をきちんと踏まえたうえで新邦楽の分野でも新たな境地を開いていらっしゃる和歌山富之さんにご協力いただいています。こういう協力者に恵まれて、今年も八月には熱い舞台をお届けできるようにと思っていますが、歌舞伎の世話物としての醍醐味を是非お伝えしたいと思います。見せ場となるお吉殺しの場では日本人の音の感性を大切にして義太夫のよさも伝えたいですし、鬘もそこだけ羽二重(*)をつかった古典的な雰囲気のでるものにして残酷美を追求するようなものにしたい・・・と、次々とやってみたいことが浮かび上がってきます。
 高麗屋さんの新作に出演することで、また八月への新たな意欲が掻き立てられ今から胸弾ませているところです。

* 鬘について・・・新作歌舞伎やテレビの時代劇などに用いられている鬘は「網」といわれるもので、網状のものに毛を縫いこんでいるため生え際などがリアルにみえる。「蓑」とは蓑虫状の形状をした毛の束を地金に部分部分をつけていくもので、歌舞伎初期より用いられる。その後技術が発達し「羽二重」といわれる布に毛を縫いこんだものが登場した。蓑が主流だったことは生え際の不自然さや月代を隠すために、特に女方は帽子をつけたが、羽二重の登場によりその帽子は古風な雰囲気を出すものとしてその名残を今にとどめている。 (2003年4月)
 
こちらのウェブサイトに関するお問い合わせは、webmaster@ainosuke.comまで。
・2003年11月
・2003年4月
・2003年3月
・2003年2月
・2002年12月
・2002年12月
・2002年11月
・2002年10月